活字の森 思考の迷路

読んだ本や考えたことなど徒然なるままに書いていきます

【読書】運転者

「運転者」喜多川泰 この本の存在は出版当初から知っていた。

本屋に平積みになっていたし話題になっているみたいだったし。

けれど、へそ曲がりの自分は流行りの本はあまり手にしない。だから発売当時は読まなかった。それを読んでみようと思ったのはよく視聴しているYouTubeチャンネル「ハッピー研究所」で紹介されていたからだった。

 

 

ショウさんの語り口が柔らかく温かなため、登場人物にも好感を抱いて読んでみる気になった。

しかし、読んでみると主人公の修一はなかなかに不機嫌で営業のためだけに愛想をよくするようなどこの会社にもいるイヤな同僚のタイプ(笑)。私はイライラしたおじさんは苦手なので読み始めたときには正直「失敗したかな……」と思ったのだが、この物語はそんなどこにでもいる不機嫌営業マンが人生で大切なことを学んでいくお話だった。

ざっくりとストーリーを書くと……

完全歩合制の生命保険会社に転職した修一だったが、完全歩合制のため2年目からは収入激減になる可能性も高い。しかも新規契約を取った20人から一度に解約を求められ、収入がマイナスになる危機にあった。夫婦仲もそれほど上手くいっているわけでもないし、娘は不登校。仕事でも私生活でも大きな問題を抱え、毎日が不機嫌だった。

そんなある日、修一の元に1台のタクシーが現れる。自分の意思とは関係なく乗り込んでしまった修一だが、このタクシーは修一の人生を変えるのが仕事だという不思議なタクシーだった。乗車賃は金ではなく溜まったポイントから差し引かれていく仕組みの謎のタクシー。一体何のポイントなのか修一にはわからない。一体、このタクシー運転手の正体は誰なのか?そしてタクシーに使われているポイントの秘密とは?

修一はこのタクシーに導かれるまま人生の転換点へ行くことで「運」とは何か人生で大切なこととは一体何かを学んでいく……。

というもの。単なる小説というよりも自己啓発小説とでもいったような内容だった。

自己啓発的なないようではあるが小難しいことはなく、あっという間に読めてしまうので通勤電車の中で読んだり、就寝前の読書に最適だと思う。

私が本書を読んでなるほどなと思ったのは運はいい・悪いではなく貯めて使うものという考え方だった。

修一を乗せるタクシーの運転手「御任瀬卓志(おまかせタクシー)」はこう言う。

ポイントカードと一緒で、「いい・わるい」「ある・ない」ではなく運は貯めて使うものなんです。努力をして結果が出ない場合は貯めているだけで後に報われるんです。

私はこれで「徳を積む」という言葉を思い出した。「陰徳あれば陽報あり」も。

どんなことをすれば徳が積めるのかはわからないし、自分では徳を積んでいるかもしれないと感じているごみ拾いや電車の中で席を譲るなどの行為もどれほどの徳になっているかはわからないし、実際何をすれば徳を積んでいることになるのかもわからないが、だからといって何もしないよりはほんのちょっとだけでもいいから人の役に立つことができたらいいなと思う。

 

修一は不思議なタクシーによって運命が変わる場に案内されるが、実際にはちっとも運が掴めない。話が違うじゃないかとさらに不機嫌になっていく。そんな修一に向かって御任瀬卓志はどうしたら運が掴めるのかについてこう語る。

運が劇的に変わるとき、そんな場、というのが人生にはあるんですよ。それを捕まえられるアンテナがすべての人にあると思ってください。そのアンテナの感度は、上機嫌のときに最大になるんです。逆に機嫌が悪いと、アンテナは働かない。最高の運気がやってきているのに、機嫌が悪いだけでアンテナがまったく働かないから、すべての運が逃げていっちゃうんです。昨日のあなたみたいに。

そう。誰だって機嫌の悪い人に近づこうとかいい話を持っていこうとは考えないはずだ。しかし、自分は毎日イヤな仕事イヤな人間関係に囲まれていると思い込んでますます自分を不機嫌にして運を掴めない人は意外と多いのかもしれない。

私は15年くらい前に齋藤孝さんの「上機嫌の作法」という本を読んでから上機嫌でいることを心がけてきた。不機嫌になって周囲の人に「さあ、私の機嫌を取りなさいよ!」みたいな雰囲気を振りまくのは大人のすることではないと思ってできるだけ機嫌よくいるように心がけている。それで運が掴めたのかといわれると現状の生活をみるとお恥ずかしいのだが。けれどもいつも不機嫌で不平不満・愚痴・文句・悪口を垂れ流しているよりはよっぽどいいかなとは思っている。

 

さて、本書の後半ではこの不思議なタクシーの正体も何となく明かされる。

それは第二次世界大戦で戦死した修一のおじいさんにまで遡るのだが、それは本書を読んでのお楽しみ。ただ、自分も祖父が非常に若くして戦死しているので他人事には感じられなかった。日本の繁栄もお国というか家族や愛する人を守るために戦地に赴いた若者やお父さんたちがいてくださったおかげだと思っている。私の祖父もきっと愛する妻と赤ちゃんを残して戦地に行くのは断腸の思いだっただろう。

 

そんなわけで本書は何をやっても上手くいかない、どうしたら運が掴めるんだろうと悩んでいる方にお勧め。ただし、自己啓発にはアレルギーがある方はなかなかページが進まないかもしれない。