活字の森 思考の迷路

読んだ本や考えたことなど徒然なるままに書いていきます

マスク生活とサイバー空間の人間不在について考える

先日、コロナ禍により子どもたちが思うように授業を受けることができず、児童も生徒も先生も親御さんも苦慮しているというニュースを見た。

その中の映像では幼稚園や保育園の子どもたちも小学生もマスクを付けて学校生活を送っていた。給食を食べるときと体育で激しい運動をするとき以外はずっとマスク着用だ。

いまの子どもたちは先生の表情もお友だちの表情も思うように見られないままに育っていくんだなと思った。あの子たちは「人間」を感じながら、微妙な表情の移り変わりを感じ取りながら成長していくのは難しいんだなと。オンライン授業を受けるときにはマスクをはずしているとはいえ、一度に何人も映る画面で、しかも一方的に先生のお話を聞いているときに感情による繊細な表情の移り変わりまで感じ取れるとは思えないし、画面を通して見る顔と実際に会って見る顔とではやはり違いがあるし。自分や家族以外の「人間」を身近に感じないまま大人になるのか。

 

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そんな風に人間の存在が薄くなりつつあることを感じていると、いつもYouTubeで視聴しているDave Fromm Channelの陰謀オカルトコーナーでも人間が不在になりつつあるという話をしていた。

このコーナーはDJのDave Frommさんとミュージシャンの森泉アリさんがさまざまな陰謀論やオカルトを紹介し、それについて語り合うものだ。主にアリさんが海外のオカルトをピックアップしてくれるので日本ではまだ知られていないことを知ることができるし、ふたりが妙に現実的で陰謀論もオカルトも頭から信じ込まないところも好感が持てる。

 

 

さて、このときの話はアリさんがみつけてきた8月31日付けの The Atlanticの記事から。

1月にアメリカのインターネット掲示板イルミナティパイレットを名乗る人物が「インターネット上に広がる様々なコンテンツが最近おかしくない?」と疑問を呈したが、まさしくその通りになりつつある、というお話だ。

イルミナティパイレットさん曰く「多くの人が参加している筈なのに多種多様な意見は消え失せ同じような異見ばかりが唱えられ、オーガニックな感じが全くしないよね」と。

するとDaveさんも「自分が気に入って登録していたYouTubeのチャンネルがある日突然全部なくなっていた」という。YouTubeはここ数ヶ月かなりBAN率高いのにDaveさんは危ないチャンネルばかり登録していたんだろうなと思う。

イルミナティパイレットさんの話は続く。

掲示板からみんな消えた。どのSNSを見ても同じような意見ばっかり。まるで誰もサイバースペースにはいないみたい。実はネット上のコンテンツを生みだしているのはほとんどBotで、影響力のあるインフルエンサーはみんなや世界を自分たちの都合のよい方向へマニピュレートしようと試みている強大な組織に雇われているんじゃないの?お金をインフルエンサーに払っているスポンサーはただの企業ではなく、強大な組織で世界をマニピュレートしようとしているんじゃないの?」

ですよね〜。昨年のアメリカ大統領選挙からそんな動きが目に見えるようになった。

そこでアリさんも言う。

「人間は同じような意見、見解をくり返しくり返し聞いたり読んだりしていると洗脳され、自ら考えることを止めてしまう。いまのインターネットの世界は優れたBotが意見をばらまきインフルエンサーは同じ意見をくり返し、ShadowBangingが行われている。ShadowBangingというのは投稿した本人も知らないうちに投稿が制限されることで、本人が気づかないうちにもBANされている」

アメリカ大統領選挙以降、BigTechが盛大に垢BANしていたことは周知の事実。ユーザーの意見は画一化されていき多様な人間性が失われていく。

また、アリさんが仮想通貨の掲示板を見ていると、ある意見に誰かが「いまのどういうこと?」と質問を投かけた。すると誰かが「いまのはBotだぞ。ここにいるのはBotばかりで人間は2〜3人しかいない」と答えたそう。Dave Fromm Channelのコメント欄にもBotが書き込みをしているそうだ。誰かが「○○に投資を任せたらよかった」と書き込むとそのコメントに対して「私もその人に任せてよかった」などと数人がリプしたが、最初に書き込んだ人もそれに反応して書き込んだ人々も全員がBotなのだという。Botの書き込みはいずれも英語らしいが、その手が有効であれば日本語を操って同じことをするBotも現れるだろう。なんだかAmazonのサクラレビューの進化版みたいだ。人力でやっていたことをBotが代わりにやってくれる。

 

かくしてサイバー空間からも「人間」は消えていく。学校でも先生やお友だちと表情を見てのお付き合いもできず、ネット空間も人間ではないものばかり溢れ、いまの子どもたちは一体どんな風に育っていくのだろう。

 

とはいうものの、私は悪い方向ばかり考えてしまうわけではない。

昔、紙おむつが登場したときには「いつまでもおむつが取れないのではないか」「自分がうんちやおしっこをしたことに気づかない子どもばかりになるのではないか」などという意見もあったが、紙おむつで育った赤ちゃんたちは垂れ流し集団にはならなかった。

また、昔々は脳には可塑性がないといわれていたが、いまでは脳が損傷を受けた場合でも栄養補給や治療などで機能が回復することがあると知られている。

最近ではドイツで瞳孔を自由に拡大縮小させられる男性も出現した。

news.livedoor.com

これらのことを考えると、たとえマスクで顔の大半が隠れていてもそこから表情を読み取る技術を習得しながら子どもは育っていくのではないだろうか。もしかしたら人間から失われてしまったテレパシーのようなものが復活するかもしれない。将来は「僕たちはマスクがあっても以心伝心はできる。マスクをしない時代に育った昔の人たちはテレパシーでやりとりできないし、マスクがあると表情を読み取ることができないんだって」なんていまの大人たちは笑われるかもしれない。

すると人々の意見がひとつの方向に画一化されていくことのほうが肉体的な「人間不在」よりも問題が大きそうだ。意見の画一化はBotインフルエンサーによってだけ行われるのではない。気づいている人は多いと思うが、SNSに出現する大勢の正義マンによって多種多様な意見は息を潜めている。善意によりあるいはルサンチマンにより正義を振りかざして他人を叩く人たちによって人間の心の多様性はより多く奪われていっているように思う。また、そういう人たちに限って声も大きいし半端なく活動的だ。言葉狩りや揚げ足取りも多様な意見を埋もれさせていく。Botによって正義マンによって意見が画一化されていく。人間の「心」「考え方」「感じ方」の多様性はこのまま失われていくのだろうか。

 

だが、意見が画一化されての人間不在は肉体の存在を感じるが、未来は人間の肉体も消し去って人間を画一化するかもしれない。

一部ではよく知られている内閣府ムーンショット型研究開発制度、通称「ムーンショット計画」。これはSF並にすごくて

  • 2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。
  • 2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。
  • 2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

などの目標を掲げている。これが未来の多様性らしい。誰もが自在にアバターを活躍させることができ、身体能力と知覚能力を拡張させることで身体の制約から自由になる。

www8.cao.go.jp

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内閣府サイトより

いやもうこれ「あの世」じゃん!肉体いらないじゃん!

あの世では思ったことは瞬時に叶うと言われているが、まさにそういう世界になるということだろう。思ったことはアバターを通して何でも体験できる、と。

う〜ん。もうコロナ禍でマスク生活をしていると子どもたちが「人間」を身近に感じられなくなるのでは、なんてちっぽけな心配に過ぎないな!なんといっても「身体」にそれほど比重を置かない未来を目指しているのだから。科学の力を借りればみんなが同じように活躍できる未来。そこには落ちこぼれなんて存在しなくなるだろうし、みんなが様々な体験を積むことができる。ただし、肉体は別、みたいな。

だが、こういった生活にも人間はすぐに順応していくだろう。美しく修正された自撮り写真を見て自分の顔はこういう顔だと信じてしまう人も少なからずいるようだし、アバターを美人にすれば多分自分自身も美人だと自然に信じるようになるだろうな。アバターを自分だと思い込む。これって人間なのか???

 

なんだか書いていることがとっ散らかっているが、これこそがブログタイトルの「思考の迷路」。私はいつも出口の見つからない迷路の中でうろうろしている。